上妻宏光

津軽じょんがら節

津軽じょんがら節は、城主の墓所を守る為、津軽為信によっ て迫害を受けた常縁和尚が、浅瀬石川の上河原で身投げて しまった。その御霊を供養する為に村人達が歌った唄が上河 原節なのです。この上河原節がじょんがら節と言われるように なりました。
 つまり津軽じょんがら節は供養の曲である

津軽の風土と人間が醸し出す、明るさと開放感に満ち溢れた民謡です。
激しい拍子にきざまれたリズムは、まるでジャズのアドリブ演奏を聞くような楽しさにつつまれます。
歌詞の「若衆」は、単に若い男子ではなく、成人として認められた若者でしょう。
「あるじ」は、招待者側の主催者を指しています「娘」も単に年若い女性ではなく、一人前の女性として認められた「娘」です。
「お山」は言うまでもなく岩木山です。
 「津軽じょんがら節」は、「津軽よされ節」「津軽小原節」とともに、津軽の三つ物と言われる三大民謡の一つです。

この民謡の起源は、以下のような言い伝えがあります。
津軽藩初代藩主津軽為信によって、慶長2年(1597)千徳政氏が滅ぼされた時、城下(浅瀬石城・現黒石市浅瀬石)は灰燼に帰しました。この浅瀬石村を流れる朝瀬石川の岸に上河原(じょんから)と呼ばれる所があります。
浅瀬石城落城の時、千徳家の位牌を背負って入水したという、神崇寺の住職常椽を悼んで名付けられたことに由来します。
津軽じょんからの節の歌詞は数多くあり、新作のものなどもあって多彩です。