みんなの 童謡 【NO.2】

日本人の歌の原風景ともいえる童謡や唱歌。
日本の美しい自然風景を歌ったがものが多く そこに描かれた風景の一部は失われ。。。
歌われることも少なくなりました。
童謡や唱歌には 口ずさむと。。。自然と浮かんでくる心を打つ情景と 懐かしさがこみ上げます。
細くてもいい。。。長く愛され 心を励ます存在でありますように。。。

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蝶
ポケットの なかにはビスケットが ひとつポケットを たたくとビスケットは ふたつ 増えないのは「悪い子」かな?
この曲はアイルランドで「春のなごりのばら」として知られている。日本では題材を身近-な菊にかえて明治17年小学唱歌として発表された。
睦まじい馬の母子の姿が表現されている。昭和16年(1941年)に音楽の教科書である『ウタノホン上』に掲載された。
『靴が鳴る』(くつがなる)は、童謡。文部省唱歌。作詞は清水かつら、作曲は弘田龍太郎。 大正8年(1919年)に刊行された雑誌『少女号』11月号が初出である。平成19年(2007年)に「日本の歌百選」に選ばれた。
『箱根八里』は1901年(明治34年)に発行された「中学唱歌」に初出の唱歌である。 歴史に由来する事項が多く盛り込まれている。
作詞:西条八十 作曲:中山晋平。 てんてん手鞠 てん手鞠てんてん手鞠の 手がそれてどこからどこまで 飛んでった垣根をこえて 屋根こえておもての通りへ飛んで った
子供の成長を願ってあげる「こいのぼり」。この風習は江戸時代から始まったという。 江戸時代広く語られるようになった「桃太郎」のおとぎ話には、強くたくましい子供に 育ってほしいという親の願いも込められている.
作詞の相馬御風は大正から昭和にかけて活躍した詩人。この詞は30代半ばで故郷新潟県 糸魚川に帰った頃に書かれた。雪国の遅い春を待つ御風自身の深い思いが込められている
ペチカとは暖炉の一種である。ロシア語で暖炉やオーブンを意味する。1880年頃に開拓使が北海道に導入、満州拓殖公社が改良した壁型ペチカが終戦後普及したと言われている。
この歌の作者磯部俶は、合唱の指導者としても知られる。昭和26年早稲田大学グリークラブ夏合宿の夜、新人たちはなかなか寝つけない。彼らの気持ちをほぐそうと磯部はこの歌を作った。
作詞:江間章子・作曲:中田喜直
夏がくれば 思い出すはるかな尾瀬(おぜ) 遠い空♪ 日本人なら誰でもが心癒されるいい歌です。
作詞:サトウ・ハチロー
作曲:中田喜直
すずめがね お屋根で ちょんちょん かくれんぼ どんなにじょうずに かくれても 茶色 の帽子が 見えてるよ♪
みんなの童謡 (13)
ふしぎなポケット
みんなの童謡 (14)
庭の千草
みんなの童謡 (15)
おうま
童謡/ふしぎなポケット 童謡/庭の千草 唱歌/おうま
みんなの童謡 (16)
靴が鳴る
みんなの童謡 (17)
箱根八里
みんなの童謡 (18)
毬と殿様
童謡/靴が鳴る 童謡/箱根八里 童謡/毬と殿様
みんなの童謡 (19)
こいのぼり 桃太郎
みんなの童謡 (20)
春よ来い
みんなの童謡 (21)
ペチカ
童謡/こいのぼり 桃太郎 童謡/春よ来い 童謡/ペチカ
みんなの童謡 (22)
はるかな友に
みんなの童謡 (23)
夏の思い出
みんなの童謡 (24)
かわいいかくれんぼ
唱歌/はるかな友に 童謡・唱歌/夏の思い出 童謡・唱歌/かわいいかくれんぼ
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童謡(どうよう)雑学


「童曲」

邦楽の分野においてはこれを「童曲」と呼んだ。たとえば『さくらさくら』は幕末に子供用に作られた箏の手ほどき曲で古くからあった。大正時代にはまだピアノよりも箏の方が一般家庭に普及していた事情もあって、葛原しげる(作詞)宮城道雄(作曲)コンビによる「童曲」は、曲の付いた童謡としては、創作童謡の第1号といわれる前述の『かなりや』よりも早かった。宮城は『ワンワンニャオニャオ』『チョコレート』『夜の大工さん』など「童曲」、弾き歌い曲を多数作曲している。洋楽による童謡運動の大きな影響で、これ以降も久本玄智『椿の蕾』、津田青寛『鶯姫』などの作品が出された。これらも当時、それなりの人気があったとされるが、洋楽による童謡運動の歴史的意義があまりに大きいため、現在一般にはほとんど知られていない。

少年少女合唱団・童謡歌手

多くの少年少女合唱団が作られ、童謡の普及に貢献した。童謡はまた、多くの童謡歌手を生み出した。本居長世の長女、本居みどりは日本初の童謡歌手であり、みどり・貴美子・若葉の三姉妹により、レコード録音やラジオ放送が行なわれた。童謡作曲家の海沼實の主宰していた音羽ゆりかご会からは川田正子、川田孝子姉妹が出ている。男の子供では、増永丈夫がいた。この少年が後の国民的名歌手藤山一郎である。その流れはその後も『うたのおばさん』の安西愛子や『おかあさんといっしょ』のうたのおねえさんとして小鳩くるみや茂森あゆみへと受け継がれている。

童謡を積極的にとりあげている児童合唱団一覧

※音羽ゆりかご会 ※ひばり児童合唱団 ※タンポポ児童合唱団 ※東京少年少女合唱隊 ※杉並児童合唱団 ※NHK東京児童合唱団 ※森の木児童合唱団

=掲載のテキスト=
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
著者:空欄   掲載サイト
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最終更新 2010年9月23日 (木) 15:03