海外メディアが伝える 東日本大震災 写真集

 動画でお散歩。。。東日本大震災 写真特集

 動画でお散歩。。。東日本大震災 写真特集

なごみ
がんばれ日本
写真特集
Sponsored Link
Sponsored Link

■ 東日本大震災 (東北地方太平洋沖地震)

=東北地方太平洋沖地震=

東北地方太平洋沖地震(とうほくちほうたいへいようおきじしん)は、2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、日本の太平洋三陸沖を震源として発生した地震である。 東日本を中心に甚大な被害をもたらした、東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)を引き起こした。

=東北地方太平洋沖地震=

発生日 2011年3月11日
発生時刻 14時46分18秒(日本標準時)
震央 日本 三陸沖
気象庁発表
北緯38度6分12秒
東経142度51分36秒座標: 北緯38度6分12秒 東経142度51分36秒
米国地質調査所発表
北緯38度19分19秒
東経142度22分8秒
震源の深さ 24km
規模 Mw9.0
最大震度 震度7: 宮城県栗原市
地震の種類 海溝型地震
逆断層型

=概 要=

2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒に、日本の三陸沖(牡鹿半島の東南東約130km付近)の深さ約24kmで発生したマグニチュード9/0の西北西〜東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型、太平洋プレートと北アメリカプレート境界域における海溝型地震である。 このM9.0という地震の規模は、1923年(大正12年)の関東地震(関東大震災)のM7.9や1994年(平成6年)の北海道東方沖地震のM8.2を上回る日本国内観測史上最大、アメリカ地質調査所 (USGS) の情報によれば1900年以降、世界第4位の巨大地震となった。

この地震では、本震および余震による建造物の倒壊・地すべり・液状化現象・地盤沈下などの直接的な被害のほか、津波、火災、そして、福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質漏れや大規模停電などが発生し、東北地方を中心とした甚大な一次被害のみならず、日本全国および世界に経済的な二次被害をもたらしている。

=地震の名称=

地震が発生した3月11日、気象庁はこの地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。

この地震発生の際には一般向け緊急地震速報(緊急地震速報第3報で警報)が発表されたが、予測震度と実測震度が大きく乖離(かいり)している地点があった。

宮城県栗原市で最大の震度7を観測し、激しい揺れは2分間続いた。震度7の観測は、2004年の新潟県中越地震以来7年ぶり、観測史上3回目。 仙台では震度6弱(宮城野区では震度6強)を観測した。このほかにも宮城県・福島県・茨城県・栃木県の一部で震度6強を観測するなど、震源域が広かったことから強震が広範囲に渡った。また、気象庁の震度推計分布図によると、福島県いわき市で局地的に震度7相当の揺れがあったほか、防災科学技術研究所の強震観測網によると、栃木県芳賀町にある観測点で震度7相当の揺れ(計測震度6.51)を観測していたことも分かっている。ただし前者は震度計による観測ではないため、後者は気象庁の認知している震度計ではないため、いずれも観測点の震度には反映されていない。

東京では震度5強、名古屋では震度4、大阪では震度3を観測した。最遠方では鹿児島県鹿児島市桜島で震度1を観測しており、震源から1350キロあまり離れていることから、地震波はS波だけでも5分30秒かけて到達している。東京大学地震研究所の解析によると、本震の揺れは東日本全体で約6分間続いた。長野市松代町の気象庁精密地震観測室は、地震発生から2時間半おきに、この地震によると見られる5回の表面波を確認。地震波は時速14000km(大気中のマッハ11相当)で地球上を5周したと見られる。

また、地震動の発生源である断層の破壊時間が長く、強震の継続時間も長かった。青森県から神奈川県にかけての各地で、震度4以上の揺れの継続時間が軒並み2分(120秒)を超え、いわき市小名浜で190秒に達するなどした。

=日本観測史上最大の規模と広い震源域= 東北付近のプレートの分布および、これまでの主な地震、今回の地震・余震の分布(USGSによる)気象庁は当初、マグニチュードを7.9と速報したが、後に8.3、8.4と修正し、その後、日本の観測史上最大の8.8に修正した。さらに、3月13日には外国の安定した遠地波形データも用いて9.0と修正した。通常、日本の地震で使用されるマグニチュードは「気象庁マグニチュード (MJ) 」と呼ばれるもので、地震発生当日に発表されたマグニチュードも気象庁マグニチュードだったが、13日の発表では「モーメントマグニチュード (Mw) 」が使用された。また、アメリカ地質調査所 (USGS) は当初、モーメントマグニチュードを8.8と発表、後に8.9、9.0と修正し、1900年以降に世界で発生した地震の中で4番目の規模と発表した。

断層の破壊が始まった震源地は三陸沖だが、最終的に断層が破壊した震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmの広範囲に及んだ。

気象庁などによると、この地震は、断層面が水平に対して10度と浅い傾きを持ち、上面と下面がそれぞれ西北西〜東南東方向にすれ違う形で圧縮される、低角逆断層(衝上断層)型のずれであった。水平方向の変位量が大きく、この地域に特徴的なタイプの海溝型地震であることを示している。

また同庁の分析により、この地震は単一ではなく、3つの地震が連動したものと解析された。同庁地震予知情報課の課長は「5分前後かけて連続して発生するという、複雑な起こり方をしている。極めてまれで、気象庁の観測で初めての経験」と述べた。文部科学省の地震調査委員会は13日に臨時会を開き、破壊断層は南北に400キロ、東西に200キロの広範囲で、少なくとも4つの震源領域で3つの地震が連動発生し、断層の滑り量は最大約20メートルに達したと述べた。東大地震研は、大きな破断層破壊が、宮城県沖、宮城県のさらに沖合、茨城県北部沖の陸に近い部分の順に起こったと説明している。

=想定されていた地震・過去の地震との比較=

この地震の震源となった三陸沖は、フォッサマグナより東側の日本(東北日本孤)を乗せている北アメリカプレート(オホーツクプレート)に対して、太平洋の広範囲を乗せている太平洋プレートが年間約8cmの速さで東南東から押し寄せ、青森県から千葉県にかけての沖合にある日本海溝を境にして東北地方・関東地方の下に沈み込んでいる。太平洋プレートが沈み込んでいるこの付近には、M7を超えるような海溝型地震の震源域が多数存在しており、地震調査委員会ではこの地域を8つの領域に区切ってその発生間隔や確率を評価していた。このうち「宮城県沖地震」の領域は30年以内にM7.4前後の地震が99%で発生するという評価がなされていた上、2005年の地震によってそのアスペリティの一部(3つのうち1つ)が破壊された、つまり宮城県沖地震は2005年に部分的に再来したと考えられ、残りの2つのアスペリティは近いうちに破壊されて地震を起こすと考えられていた。

この地震の南北500キロ・東西200キロにおよぶ震源域はそのうち、少なくとも「宮城県沖」の東部、「三陸沖南部海溝寄り」、「福島県沖」、「茨城県沖」北部の計4つの領域にまたがっており、さらに「三陸沖中部」にまで及ぶとの見方もある。869年(貞11年)に宮城から福島にかけての太平洋沖で発生したM8.4(産業技術総合研究所による)の貞観地震の推定震源域と類似しており、この再来である可能性が指摘されている。貞観地震は以前より文献記録によって知られていたものの、津波堆積物の調査によって石巻・東松島で海岸から3km内陸まで遡上、仙台で同2km、名取・岩沼で同4km、亘理・山元で同2kmと大規模な津波を伴う巨大地震であったことが2000年代に明らかになった。堆積物の広域調査から同様の巨大地震は紀元前390年頃、430年頃、869年(貞観)、1500年頃と過去4回発生しており、再来間隔は450〜 800年程度と推定する報告があった。

2011年4月13日、東北大学の当地震の緊急報告会で、東北アジア研究センター教授の平川新は、1611年(慶長16年)に発生した慶長三陸地震を取り上げ、その後の土地利用が進んだため、堆積物などからの研究が難しく、研究蓄積が乏しかったとし、「文献研究が進んでいれば、今回の大地震は貞観地震以来のミレミアム地震ではなく、400〜500年に一度の地震と注意喚起できた」と述べた。

=地殻変動=

国土交通省国土地理院は、GPSによる観測から宮城県石巻市の電子基準点「牡鹿」が東南東方向に5.3m、下方向に1.2m移動したことが分かったと発表した。宇宙航空研究開発機構地球観測研究センターは、被災地の地球観測衛星写真を公開しているが、16日公開情報では、陸域観測技術衛星 (ALOS) 「だいち」のLバンド合成開口レーダーで撮影された2010年10月28日画像と2011年3月15日画像を比較し、広範囲な地殻の変動があったことを報告した。特に震源地に近い海岸部では変動が大きく、石巻市周辺では地盤の沈降や東へのズレから3m以上の差異が解析された。4月6日、海上保安庁は、3月28日から29日にかけて観測された各地域の海底基準点のデータでは、震源域のほぼ真上に位置する海底基準点「宮城沖1」が東南東に約24m移動し、約3m隆起したものが最大であると発表した。他の海底基準点でも、「宮城沖2」が東南東に約15m移動し約60cm沈下、「福島沖」が東南東に約5m移動するなどのデータが観測された。「宮城沖1」は本震だけで約20m以上移動したと見られ、これらの観測結果により、震源付近の海底の移動距離は陸上の約4倍以上となることが確認された。

本地震による津波で青森県から福島県までの計443平方キロメートルが浸水し、地盤沈下も合わさって東北地方太平洋側の海岸線が一部沈没した。海岸線の一部沈没により一部自治体の面積が減少し、将来的に地図の書き換えが必要になると考えられるが、国土地理院は被災地に配慮し、地図の書き換えは当面行わないとした。自然災害による面積の変更は例が無いという。

この地震によって地球の自転がわずかに速くなり、一日の長さが100万分の1.8秒短くなった。

=津波=

日本国内の状況
この地震で12日午前0時までにオホーツク海沿岸から小笠原諸島、四国までには大津波警報が、北海道から大隅半島までの太平洋側沿岸及び北海道の渡島半島の西側、九州の東シナ海沿岸、種子島・屋久島地方、奄美諸島・トカラ列島、沖縄本島地方、宮古島・八重山列島地方、大東諸島地方には津波警報が、上記を除く能登半島より北側の日本海側と、瀬戸内海から対馬にかけては津波注意報が、それぞれ発表された。12日午前3時20分には、上記を除いた地域(石川県加賀市、福井県、近畿地方、中国地方の日本海沿岸)に津波注意報が発表されたことにより、日本の沿岸の全てで大津波警報、津波警報、津波注意報のいずれかが発表されたこととなった。仙台市宮城野区・太白区・若林区・青森県太平洋側沿岸をはじめとして全国各地に避難指示が発令された。

この津波によって、三陸沿岸をはじめとする全国各地で被害が発生している。北海道から千葉県にかけて大津波が押し寄せ、特に岩手県・宮城県・福島県の3県では海岸沿いの集落や、名取川などの河口周辺から上流に向け数キロメートルにわたる広範囲が水没するなどの甚大な被害が出た。地震発生翌日の12〜13日に、青森県八戸市から福島県南相馬市にかけて撮影された航空写真をもとに、国土地理院が分析したところによると、津波により浸水した面積は延べ約400平方キロメートルに及ぶことが明らかになった。

=地盤沈下=

気象庁は2011年4月5日から10日に3県13市町28か所の電子基準点の標高を計測し以下通り地盤沈下の変動量を発表した。
岩手県
宮古市 - 0.50m
山田町 - 0.53m
大槌町 - 0.35m
釜石市 - 0.66m
大船渡市 - 0.73m
陸前高田市 - 0.84m
宮城県
気仙沼市 - 0.74m
南三陸町 - 0.69m
牡鹿半島 - 1.2m
石巻市 - 0.78m
東松島市 - 0.43m
岩沼市 - 0.47m
福島県
相馬市 - 0.29m

=液状化による被害=

この地震により、東日本の様々な地域で地盤の液状化が観測された。 東日本の各地域で地盤の液状化が観測されたが、特に千葉県では千葉市、浦安市、習志野市、香取市、我孫子市などで液状化が発生し、中でも埋立地である浦安市広範にわたる地盤の液状化は、東京ディズニーリゾートなどの商業施設にも甚大な被害を及ぼし、様々なメディアで取り上げられた。

=被害・影響=

「東日本大震災」と命名された当地震による国内の被害は、地震そのものによる被害に加えて津波・火災・液状化現象・福島第一原子力発電所事故・大規模停電など多岐に渡り、1都9県が災害救助法の適用を受けた。警察庁発表による死者及び届出があった行方不明者の数は合わせて2万人を超えており、津波被害を受けた東北地方の太平洋沿岸を中心に関東地方や北海道でも死傷者が出る事態となっている。日本災害史におけるこの死者・行方不明者数は関東大震災の10万5.385人に次ぐものであり、阪神・淡路大震災の6.437人を優に超える。

=津波による被害=

地震に伴う津波によって東北地方太平洋側沿岸部を中心に日本国内に甚大な被害をもたらしたほか、日本国外においてもインドネシア・パプア州およびアメリカ合衆国・カリフォルニア州で津波による死者が発生した。

=火 災=

岩手県の山田町、大槌町などで、津波襲来後に大規模な火災が発生した。 宮城県気仙沼市では、大津波によって転倒したタンクから流出した漁船用燃料の重油に引火して大規模な火災が発生し、市内全域に延焼した。気仙沼市危機管理課は、午後6時半ごろ「市内各所で火災発生中 すぐに避難」とTwitterで伝えた。宮城県災害対策本部会合によると、気仙沼市の市街地の3分の1が冠水、市内で大きな火災が3ヶ所発生している。 仙台市宮城野区のJX日鉱日石エネルギー仙台製油所の陸上出荷設備から出火した。 茨城県鹿嶋市にある住友金属工業鹿島製鉄所のガスホルダーで火災が発生した。 千葉県市原市五井南海岸にあるコスモ石油千葉製油所で、高圧ガスタンクが落下して下にあったガス管が破裂し、爆発炎上した。東京消防庁の消防艇が出動したほか、大容量泡消火システムの準備が進められた。21日に鎮火を確認した。ガスタンク25基のうち少なくとも13基を失った。作業員6人が負傷し、うち1人が重傷を負った。

=日本国内の対応=

=防衛省・自衛隊 =
防衛省は3月11日14時50分に「災害対策本部」を設置し、県知事の災害派遣要請を受けて57分には海上自衛隊大湊地方隊からUH-60Jを出動させ、陸上自衛隊・航空自衛隊も対応を開始した。27日現在人員約10万6900名(陸約7万、海空約3万6000)と回転翼217機、固定翼326機、艦船53隻が救援活動を行っている。なお、東北方面隊管内にある陸上自衛隊多賀城駐屯地や航空自衛隊松島基地は、震災後の津波によって隊舎やF-2支援戦闘機・U-125救難捜索機などが水没するなどの被害を被った。

日々拡大する被害の復興のため、防衛省は3月16日に、防衛省・自衛隊創設以来初となる即応予備自衛官及び予備自衛官の災害招集命令を発令した。 4月1日、震災発生翌日の12日から派遣されていた(12日に駐屯地を出発し、15日から作業に従事)50歳代の曹長(陸上自衛隊・旭川駐屯地所属)が死亡した。死因は過労死の可能性があるとされている。曹長が所属していた第2特科連隊の連隊長は曹長の死亡について、「誠に残念で、ご冥福をお祈りする。災害派遣活動との因果関係を調査し、原因を究明したい」と述べた。4月2日、防衛省は同曹長を1日付で准尉に特別昇任させることを決めた。

=政党の動き=
◇民主党は、3月11日に岡田克也幹事長を本部長として、党本部に「民主党東北地方太平洋沖地震対策本部」を設置した。
◇自由民主党は、3月11日に谷垣禎一総裁を本部長とする「平成23年3月11日地震緊急対策本部」を設置した。
◇公明党は、3月11日午後に山口那津男代表を総本部長とする「東北地方太平洋沖地震対策本部」を設置した。
◇みんなの党は、渡辺喜美代表を本部長とする「地震被害対策本部」を設置したと発表した。
◇日本共産党は、3月11日志位和夫委員長を本部長とする「日本共産党東北地方太平洋沖地震対策本部」の設置を発表した。また全国の党機関、地方議員、党支部、党員に被災者への物心両面での援助を呼びかけている。地方支部も被災地、被災者への支援を呼び掛けている。日本共産党京都府委員会は、3月11日に緊急募金(東北地方・太平洋沖救援募金)を行うことを表明している。
◇たちあがれ日本は、3月12日に平沼赳夫代表が緊急会見「東北地方太平洋沖地震対策について」を行った。
◇国民新党と新党日本は共同で、3月11日17時に亀井静香国民新党代表を本部長、田中康夫新党日本代表を本部長代行とする「東北地方太平洋沖地震対策本部」を設置した。
◇諸派・無所属の政治家=
沖縄社会大衆党の糸数慶子委員長は、被災者に弔意とお見舞いの意を表した。 新党大地代表代行の浅野貴博は、3月11日付けの自身のブログの中で、政府に迅速かつ的確な対応を求めると共に被災者へのお見舞いの言葉を載せた。 日本創新党の山田宏党首は、3月12日に党首声明として、被災者及び全ての国民に対してお悔やみとお見舞いの言葉を述べた。またその中で党としても被災者の支援に全力で努めると発表した。

=皇室=
天皇・皇后は、3月12日に地震・津波被害に対するお悔やみとお見舞いの気持ちを示し、宮内庁長官を通して菅首相に、災害対策に全力を尽くしている関係者一同の努力を深く労う旨を伝えた。

天皇は3月16日に被災者と全国民に向けて異例のビデオメッセージを発表し、自ら直接お悔やみとお見舞いの言葉を述べた。在京テレビ局では、テレビ朝日とテレビ東京を除き、NHKをはじめとする各局が16時35分から放送した。各放送局に対しては、メッセージの放送途中で速報を要する事態が起きた場合は、中断してニュースを優先させてほしいとの天皇の意向が伝えられた。
皇居・御所では、3月15日から計画停電の「第1グループ」地域における停電時間に合わせて約2時間、電気の使用を一切控える「自主停電」を続けている。また、一部儀式の簡略化、園遊会の中止などが決定された。

皇太子・皇太子妃は、4月に参加を予定していたイギリス王室のウィリアム王子の結婚式への参加を取り止めた。また東宮御所においても節電の態勢を取った。
高根沢御料牧場の生産品を支援物資として避難所に届けたり、那須御用邸の職員用の風呂を避難者に開放するなど前例のない取り組みも行われている。

天皇・皇后が3月30日に東京武道館に避難している被災者のもとを訪れ、慰問したのを皮切りに、天皇や皇族は各地の避難所を歴訪し、被災者を慰問している。
4月6日 皇太子・皇太子妃、東京都調布市味の素スタジアム。
4月7日 秋篠宮・秋篠宮妃、東京都江東区東京国際展示場(東京ビッグサイト)。
4月8日 天皇・皇后、埼玉県加須市埼玉県立騎西高等学校。
4月14日 天皇・皇后、千葉県旭市。本地震の被災地では初。
4月14日 秋篠宮、秋篠宮妃、新潟県長岡市及び小千谷市。

◇ A Related Words :
東日本大震災写真/東日本大震災写真集/東日本大震災画像/海外メディヤが伝える東日本大震災写真/東日本大震災まとめ/東日本大震災遺体捜索/東北地方太平洋沖地震写真/ 東日本大震災 写真 衝撃 /東日本大震災 写真 死者 東日本大震災 写真 海外/ ニューヨークタイムズ 東日本大震災 写真 /東日本大震災 写真 フリー 東日本大震災 写真 海外メディア/ 東日本大震災 写真 津波 / 東日本大震災 写真 気仙沼 東日本大震災 写真 石巻市

=掲載のテキスト=
出典:ウイキペディア(Wikipedia)
著者:空欄   掲載サイト
掲載のテキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスの下で利用可能です。
最終更新 2011年4月16日 (土) 06:40