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西岡武夫参院議長が死去

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西岡武夫参院議長が死去

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参院議長の西岡武夫(にしおか・たけお)氏が5日午前2時24分、肺炎のため都内の病院で死去した。75歳だった。
口内にできた帯状疱疹(ほうしん)の影響で参院本会議を欠席していることについて「十分に回復せず、発声が聞き取りづらく、議事進行でご迷惑をおかけすることになりかねない」として、10月20日に召集された今臨時国会は、体調不良を理由に、開会式を含めて欠席していた。

= 2011年11月5日 =

西岡参議院議長 死去
西岡参院議長 論文
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■ 西岡武夫参議院議長 死去

西岡武夫参議院議長(75歳)が5日未明、東京都内の病院で肺炎のため死去した。

■ 西岡 武夫(にしおか たけお)

西岡 武夫(昭和11年(1936年)2月12日 〜 2011年11月5日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、参議院議長(第28代)。
衆議院議員(11期)、新自由クラブ幹事長、文部大臣(第111・112代)、自由民主党総務会長、新進党幹事長、自由党参議院議員会長、参議院議院運営委員長などを歴任した。

■ 生い立ち

長崎県長崎市に父・西岡竹次郎と、母・ハルの子として生まれる。
父親は衆議院議員や長崎県知事を、また母親は参議院議員を務めた政治家一家の家庭に育った。
長崎県立長崎東高等学校を卒業後、早稲田大学教育学部社会学科に入学。雄弁会入会。雄弁会の代表幹事を務めた。

早大在学中より、父・竹次郎が創刊した長崎民友新聞の経営に携わる。1958年(昭和33年)に早稲田大学を卒業。
1959年(昭和34年)には長崎日日新聞社と合併し、長崎新聞社を発足。長崎新聞社では常務取締役社長室長、論説委員などを歴任し、長崎青年会議所広報委員長、長崎県青年団連合会の初代会長なども務め、長崎の若手経済人として活動する。

■ その後の略歴

・昭和38年(1963年)11月、衆議院総選挙に立候補し、27歳で初当選。
・自由民主党青年局長・文教部会長・新自由クラブ幹事長 兼 政策委員長
・文部大臣(2期)
・自由民主党 政務調査会筆頭副会長
・自由民主党 税制調査会長
・自由民主党 総務会長(2期)
・自由民主党 長崎県連会長
・新進党結党に参画し、国会対策委員長、
・新進党幹事長
・新進党解党により小沢一郎氏と「自由党」結党。自由党副党首に就任。
・自由党長崎県総支部連合会会長
・自由党参議院比例代表選出第5総支部会長
・自由党参議院議員会長
・参議院会派「国会改革連絡会(自由党・無所属の会)」代表
・自由党・民主党の合流に伴い、平成15年10月、民主党
・長崎県総支部連合会・特別代表に就任
・民主党・新緑風会常任役員(顧問)に就任
・2010年7月の臨時国会で参議院議長に選出。

西岡氏は、ことし3月の東日本大震災以降、当時の菅総理大臣の震災対応を「総理大臣として、何をしなければいけないのかということが全く見えない。菅政権ではだめだと心から思う」などと繰り返し批判し、退陣を求めた。

西岡氏は、9月ごろから体調を崩し、今の臨時国会では冒頭から参議院本会議や開会式を欠席していた。

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出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
著者:空欄   掲載サイト
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最終更新 2011年11月5日 (土) 02:04