動画でお散歩/宮崎県の祭り/1月〜6月

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宮崎県の祭り情報
開催予定日 各地のお祭り情報 =宮崎県= 詳細情報 YouTube 
1月1日 船引神楽 炎尾神社
(宮崎県清武町)
清武町
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1月中旬 延岡 今山十日えびす
(宮崎県延岡市)
延岡市
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2月11
〜12日
高千穂建国まつり
(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
実行委員会
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12月12日 西都市 速川神社大祭
(宮崎県西都市)
西都市
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2月中旬 宮崎市 生目神社大祭
(宮崎県宮崎市)Ver.5
宮崎市
観光協会
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2月下旬〜 綾雛山まつり
(宮崎県東諸県郡綾町)
綾町
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3月中旬
〜4月上旬
みやざきフラワーフェスタ
(宮崎県宮崎市)
宮崎市
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3月
春分の日
東霧島神社例大祭
(宮崎県都城市高崎町)
都城市
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3月下旬
〜4月
高鍋町桜まつり
(児湯郡高鍋町)
高鍋町
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3月下旬
〜4月上旬
母智丘公園の桜まつり
(宮崎県都城市横市町)Ver.10
都城市
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3月下旬
〜4月上旬
皇子原公園花まつり
(宮崎県西諸県郡高原町)
高原町
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3月下旬
〜4月上旬
八幡丘公園桜まつり
(宮崎県えびの市大字原田)
えびの市
観光協会
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3月下旬
〜4月上旬
牧場の桜(まきばの桜)
(宮崎県小林市大字細野)
小林市
観光協会
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3月中旬 一ッ葉稲荷神社大祭
(宮崎市新別府町)
宮崎市
観光協会
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3月中旬 牧水歌碑祭
(宮崎県延岡市)Ver.15
延岡市
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3月
第2日曜日
諸塚山山開き
(宮崎県東臼杵郡諸塚村)
諸塚村
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4月初旬 宮崎神宮流鏑馬
(宮崎県宮崎市神宮)
宮崎市
観光協会
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4月〜5月 天神山公園つつじまつり
(宮崎県西臼杵郡日之影町)
日之影町
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4月中旬 高千穂神社春季大祭
(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
高千穂町
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4月上旬 高千穂峰山開き
(宮崎県西諸県郡高原町)Ver.20
高原町
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4月上旬 五ヶ瀬町のしだれ桜祭り
(宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町)
五ヶ瀬町
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4月15日 霞神社春祭り
(宮崎県西諸県郡高原町)
高原町
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4月中旬 生駒高原菜の花
(宮崎県小林市)
小林市
観光協会
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4月中旬 今山大師祭
(宮崎県延岡市山下町)
延岡市
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4月下旬 大崩山山開き ・ 祝子川渓谷開き
(宮崎県延岡市北川町)Ver.25
延岡市
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5月2日
〜3日
天岩戸神社春季大祭
(宮崎県高千穂町)
高千穂町
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5月上旬 祖母山開き
(宮崎県高千穂町)
高千穂町
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5月中旬
〜下旬
宮崎市 市民の森はなしょうぶまつり
(宮崎県宮崎市阿波岐原町)
宮崎市
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5月中旬 椎葉村 扇山開き
(宮崎県東臼杵郡椎葉村)
椎葉村
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5月下旬 えびの高原つつじ祭り
(宮崎県えびの市)Ver.30
えびの市
観光協会
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6月10日 城山鐘祭り
(宮崎県延岡市)
延岡市
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6月上旬 出の山ホタル恋まつり
(宮崎県小林市南西方)Ver.32
小林市
観光協会
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宮崎県の主な祭り

起きよ祭り
起きよ祭り(おきよまつり)とは、宮崎県日向市の美々津町で旧暦「八朔」(8月1日)の夜に子どもたちが短冊飾りのついた笹を手に町の家々の戸を「起きよ、起きよ」と叩いて回る祭りである。
神武天皇が神武東征の際、この地から船出されたと伝えられている。天皇がこの耳川河口周辺に軍勢を集結させていたが、凧を揚げての風見・遠見の結果、旧暦の8月1日の朝2時頃、風の具合が丁度良くなった為に、急遽、出発することとなったという。
町の人々は「起きよ!起きよ!」と声を掛けて回り出発の準備をし、餡子入り団子を作ろうとしたが急いだために米の粉と小豆を搗き混ぜた「おきよ団子」・「お船出だんご」・「つき入れ餅」などと呼ばれる団子を作りこれを献上した。天皇は立ったままで衣服を繕われたという故事に因む祭りである。
町内には、神武天皇が航海の安全を祈願したという場所に小さな神社があり、境内には天皇が腰掛けられたという「御腰掛岩」がある。
稲の実りを祝い牡丹餅を贈り合う風習と暴風を静めるため、二百十日前後に行う風祭りなどが重なった行事ともいわれる。

西都古墳まつり
西都古墳まつり(さいとこふんまつり)とは宮崎県西都市の西都原を中心に妻市街地や都萬神社などで分散して開催される祭りである。
西都市中心部から西に数百mの位置に広がる西都原古墳群にちなむ。祭りの由来自体は約600年前に西都原台地と市街地の中間にある三宅神社記録の残る天孫降臨祭・山陵祭にまで遡るが、現在の形で執り行うようになったのは昭和末からである。
毎年11月の第一土曜日と翌日の日曜日の2日間にわたって開催される。
1日目の内容は、神楽まつり、松明行列・炎の祭典を中心とする。2日目は式典と奉納行事などを執り行う。
市民や市の職員が古墳時代の服装をして行う松明行列や市民が日向神話のうちニニギノミコトとコノハナサクヤヒメに関する話を再現する炎の祭典(この際、ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメを演じる職員は独身でなければならない)が行われ、国の選択無形民俗文化財である神楽・下水流臼太鼓踊をはじめとする西都市の伝統芸能が奉納される。
日頃は陵墓参考地のため立ち入りが禁止されている男狭穂塚・女狭穂塚の敷地内に入ることができる貴重な機会でもある。

下水流臼太鼓踊
下水流臼太鼓踊(しもずるうすだいこおどり)とは、宮崎県西都市穂北の下水流地区に伝わる踊りである。毎年旧暦の8月1日に、五穀豊穣と水難・火難除けの祈願を込めて南方神社・一ツ瀬川原・火の神前に奉納されるほか、西都古墳まつりの際にも御陵墓前広場にて奉納される。
この踊りは、鉦方4人、歌い手4人、踊り手16人で構成され、4組に分かれて縦陣、円陣など隊形を変化させながら躍動的に踊りところに特徴がある。
起源は文禄・慶長の役の際の加藤清正の戦術にあるとされる。伝承によると、清正群は敵を油断させようと背中に3本の槍に飾りをつけたものを背負い、臼太鼓を胸に抱え、踊りながら敵陣に近づき、油断したところを臼太鼓の中に隠した小刀を取り出し、攻め込んだところ勝利を収めたことに由来するという。そのため、鉦方の着用する陣笠や陣羽織の背中には加藤家の家紋が入っている。
西都市内の小・中学校では、この踊りをアレンジしたものを運動会などの行事の際に踊る。全校生徒の人数が少ない学校は全学年が、多い学校は6年生が踊る。6年生は背中に約1.9mの神籬をつけて、胸から腹の辺りに臼太鼓を付けて踊る。
1971年11月11日に、下水流の臼太鼓踊という名称で『記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財』に選択された。

高千穂の夜神楽
高千穂の夜神楽(たかちほのよかぐら)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町に伝わる民俗芸能の夜神楽。高千穂神社の神事として行われる。1978年5月22日に重要無形民俗文化財に指定された。
修験道、陰陽道、仏教、国学、弥生時代の農耕儀礼から縄文時代に遡るような舞まで、日本の文化を織り成すあらゆるものが渾然と共存する様態にあり、日本文化の研究という面で重要な民俗遺産であると考えられている。
古事記及び申楽(さるがく)の原型を考える時、見過ごせない神事である。

細島みなと祭
細島みなと祭(ほそしまみなとまつり)は宮崎県日向市で開催される祇園社を祀る祭り。神事とは別に、二基の太鼓台と呼ばれる山車がぶつかり合うことでも知られる勇壮な祭りである。

宮崎神宮大祭
宮崎神宮の大祭(みやざきじんぐうのたいさい)は10月26日に催行され、例祭後最初の土曜日・日曜日に御神幸祭が宮崎市内で行われる。 特に御神幸行列と神賑行列から成る御神幸祭は神武さま(祭神の神武天皇の意)と称され[1]、宮崎県下最大の祭事として親しまれている。御神幸祭は五穀豊穣を祝う目的も兼ねる。
現在の主催は宮崎神宮御神幸祭奉賛会(宮崎商工会議所)。御神幸祭の観客数は2日間で約15万5,000人(主催者発表、2008年)[2]。英語表記は(2008年の場合)Miyazaki Shrine Grand Festival in 2008となる。

餅勧進
厄年の男女の厄払い行事で、1月14日の夜に行われる伝統奇祭である。
厄年の男女を中心とした5?6人のグループが、奇抜な化粧で変装して、予告も無く20件以上の民家を急襲、音楽にのせて踊り無病息災・家内安全を祈願する。餅勧進は基本的には無言で行われ、家人の質問には首を縦に振るか横に振るかで意思表示する。
訪問を受けた家で餅を貰う(勧進する)のが古来の風習であったが、最近では祝儀や焼酎を出すことが多い。
出された焼酎は飲み干すのが作法とされ、祭りの終わり頃には泥酔状態に陥るのが殆どである。

=掲載のテキストについて=
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
著者: 記載無し 最終更新 2009年2月16日 (月) 13:30 掲載サイト
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