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大和郡山お城まつり

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奈良県 / 大和郡山お城まつり

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■ 大和郡山お城まつり

【開催日時】 2011年度中止
【開催場所】 郡山城跡周辺(奈良県大和郡山市城内町)

※2011年度「第51回大和郡山お城まつり」は、中止になりました。

■郡山城跡は市内随一の桜の名所として知られています。
現在の城郭は安土桃山時代に増田長盛(ましたながもり)によって整えられたとさ、さくら名所100選にも選定されています。
郡山城跡周辺には、ソメイヨシノなど約1000本の桜が見頃を迎え、桜の開花にあわせて「お城まつり」が開催されます。
恒例の「時代行列」や、「市民パレード」のどのイベントがにぎやかに開催されます。

■ 郡山城

郡山城(こおりやまじょう)は、奈良県大和郡山市にあった城。
豊臣政権の中初期には秀吉の実弟羽柴秀長の居城となり、その領国であった大和・紀伊・和泉100万石の中心であった。
江戸時代には郡山藩の藩庁が置かれた。

■ 郡山城 概要

10世紀後半、郡山衆が雁陣の城を築いたという記録が郡山城の初見とされる。奈良時代には薬園が営まれていた。郡山城は、秋篠川と富雄川の中間に突き出た西京丘陵南端上に位置する。

平山城または平城として明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や羽柴秀長らの主導によって改修された。

奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石20荷の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの土塔の一つである「頭塔」が郡山城の石垣の中から見つかっている。

17世紀初頭、増田長盛が改易された後一時廃城となるが、水野勝成入封時に徳川幕府よって改修を受けた。その後は譜代大名が歴代城主を務め、柳沢吉里が入封後は柳沢氏が明治維新まで居城とした。桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されている。

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最終更新 2011年11月21日 (月) 12:21
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