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海老江曳山まつり

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富山県 / 海老江曳山まつり

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射水市観光協会

■ 海老江曳山まつり

【開催日時】 2011年9月23日
【開催場所】 海老江地内(海老江加茂神社、西町、中町、東町)

■「海老江曳山まつり」は、3基の曳山が、昼は「花山」、夜は「提灯山」として、曳山囃子を奏でながら町中を練り回る絢爛豪華な祭りです。
3基の曳山は海老江の市街地を、各町揃いの法被姿の若衆によって「イヤサー ! イヤサー !」と威勢のいい掛け声のもと勇壮に曳き回されます。

また、曳山3基に供えられた前人形は自慢のからくり人形で、22本の絹糸の操作によって小太鼓を叩いて歩いたり走ったりし、瞬時に唐子や猿の顔に変身するという精巧な作りで、まつりの見所の一つとなっています。

■ 海老江曳山祭

海老江曳山祭(えびえひきやままつり)は富山県射水市 海老江地区(旧 新湊市)にて、毎年9月23日に行われる江戸時代後期より続く海老江加茂神社の秋季例大祭で、神輿渡御・3基の曳山供奉が行われる。

3基の曳山は昭和52年(1977年)9月1日 「海老江加茂社祭礼曳山車」として市指定有形民俗文化財に指定されている。

■ 概 要

海老江地区は江戸中期より明治にかけて沿岸漁業と北前船交易が盛んだった町で、曳山祭は五穀豊穣と大漁を祈願した祭りである。3基の曳山は海老江の市街地を、各町揃いの法被姿の若衆によって「イヤサーイヤサー」と威勢のいい掛け声のもと勇壮に曳き回される。夜には提灯山となって夜空をほのかに染めながら夜半まで曳き廻される。

祭礼の創始はよくわかっていないが、西町の曳山が天保12年(1841年)に創建され、その後、中町・東町と順次曳山を製作し現在の姿になった。曳山の構造やお囃子などにおいて放生津の曳山との類似点が多いが、これは放生津地区より後に曳山ができ、地理的に放生津地区が近いことから大きな影響を受けたものといえる。

■ 曳 山

3基の曳山は放生津曳山祭の曳山と同じように地車に鉾柱(心柱)を立て花傘を付けた花鉾山である。上山と下山の二層構造で上山中央の鉾柱(心柱)の上部にはひげこといわれる竹籠を付け、その周りに3色の和紙(またはナイロン)で出来た菊の花を5個付けた割竹を放射状に広げた花傘の鉾山で、鉾柱(心柱)の先端には標識(だし)といわれる鉾留が付いており、王様といわれる御神体を供えている。

また前人形といわれるからくり人形が供えられている。下山には幔幕(まんまく)または御簾(みす)が掛けられている。夜には約200から300もの提灯を付けた提灯山となる。車輪は4輪の大八車(外車)様式である。

曳山3基に供えられた前人形は自慢のからくり人形であり、中でも西町の「唐猿童子(とうえんどうじ)」は人形師7代目玉屋庄兵衛(たまやしょうべえ)作の本からくり人形の傑作で、昭和54年(1979年)に新調され、小太鼓を叩きながら歩いたり走ったり、顔が一瞬で唐子や猿の顔に変化するもので、22本の絹糸を操作して作動させる。また中町のからくり人形「唐子懸垂廻転」も7代目玉屋庄兵衛作である。昭和55年(1980年)4月には東京の銀座松屋で行なわれた「からくり人形世界展」に出展、実演を行った。

◇ A Related Words :
海老江曳山まつり 2012/海老江曳山まつり 2011/海老江曳山協議会/射水市観光協会

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最終更新 2011年8月7日 (日) 05:31
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