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鶴岡八幡宮例大祭

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神奈川県 / 鶴岡八幡宮例大祭

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鶴岡八幡宮例大祭

■ 鶴岡八幡宮例大祭

【開催日時】 毎年9月14日 〜 16日
【開催場所】 鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)

■毎年9月14日から16日までの3日間、鶴岡八幡宮では例大祭が盛大に執り行われます。
文治3年(1187年)以来800余年にわたり絶えることなく、その歴史と伝統が現在に伝えられ、一年を通して最も重い祭事となっています。

15日に行われる神幸式では、3基の神輿を担ぎ、宮司以下神職、錦旗、神馬、ちょうちん、太鼓、盾、弓矢などからなる数百メートルの行列が若宮大路を二の鳥居まで厳かに進みます。

16日には、小笠原流の勇壮な流鏑馬神事も奉納されます。

■ 祭 事

◇浜降式 (14日) ◇宵宮式 (14日) ◇例大祭 (15日) ◇神幸式 (15日) ◇流鏑馬神事 (16日) ◇鈴虫放生祭 (16日) ◇祖霊社例祭(16日)

■ 鶴岡八幡宮

鶴岡八幡宮(つるがおか はちまんぐう)は神奈川県鎌倉市にある神社。武家源氏、鎌倉武士の守護神。鎌倉八幡宮とも呼ばれる。境内は国の史跡に指定されている。

康平6年(1063年)8月に河内国(大阪府羽曳野市)を本拠地とする河内源氏2代目の源頼義が、前九年の役での戦勝を祈願した京都の石清水八幡宮護国寺(あるいは河内源氏氏神の壺井八幡宮)を鎌倉の由比郷鶴岡(現材木座1丁目)に鶴岡若宮として勧請したのが始まりである。永保元年(1081年)2月には河内源氏3代目の源義家(八幡太郎義家)が修復を加えた。

治承4年(1180年)10月、平家打倒の兵を挙げ鎌倉に入った河内源氏後裔の源頼朝は、12日に宮を現在の地である小林郷北山に遷す。以後社殿を中心にして、幕府の中枢となる施設を整備していった。建久2年(1191年)に、社殿の焼失を機に、上宮と下宮の体制とし、あらためて石清水八幡宮護国寺を勧請した。承元2年(1208年)には神宮寺が創建される。

源頼朝が鎌倉幕府を開いた後は、源義家が勧請した経緯もあり、武家の崇敬を集めた。鎌倉幕府衰退後は、25の僧坊の数も減少し、一時衰退したが、江戸時代に入ると江戸幕府の庇護を受け大規模化が進み、仁王門、護摩堂、輪蔵、神楽殿、愛染堂、六角堂、観音堂 法華堂、弁天堂等を建築し、徳川家光の治世に薬師堂、鐘楼、楼門なども建てられた。また境内には、方五間の多宝大塔、東照宮も存在した。

江戸幕府崩壊後、慶応4年(1868年)3月13日に「神主を兼帯していた僧侶に対して還俗する旨の通達」が明治政府から出され、また明治3年(1870年)に大教宣布[1]がなされると、鶴岡八幡宮においてもいわゆる廃仏毀釈の動きが始まった。

同年中に多宝大塔などの仏堂は破壊され、仏像、仏具、什宝、経典なども破壊・焼却処分されるか散佚した。ただし一部は現存し、鎌倉寿福寺、浅草寺、普門院、五島美術館、東京国立博物館に保管されている。鶴岡八幡宮の場合、これらは神主に改名した十二院の社僧が中心となって行った。また、一部残存していた仏堂も、その後の火事で消失したが、外国人観光客等が撮影した写真やスケッチが残されている。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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最終更新 2011年6月7日 (火) 07:24
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