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鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭

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神奈川県 / 鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭

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鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭

■ 鶴岡八幡宮 ぼんぼり祭

【開催日時】 2011年8月7日 〜 9日
【開催場所】 鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)

■毎年8月、立秋の前日から執り行われ、鎌倉の夏の風物詩となっています。

境内には鎌倉在住の文化人や、全国の著名人から献納された書画が、約400灯のぼんぼりに仕立てられ、参道に並びます。

期間中には、夏越祭、立秋祭・白籏神社での実朝祭と3つの祭典が行われます。そのほかにも献茶会や献華会などが催され、夕刻からは、ぼんぼりに灯りがともされ、境内は多くの人で賑わいます。

■ 鶴岡八幡宮

鶴岡八幡宮(つるがおか はちまんぐう)は神奈川県鎌倉市にある神社。武家源氏、鎌倉武士の守護神。鎌倉八幡宮とも呼ばれる。
境内は国の史跡に指定されている。

康平6年(1063年)8月に河内国(大阪府羽曳野市)を本拠地とする河内源氏2代目の源頼義が、前九年の役での戦勝を祈願した京都の石清水八幡宮護国寺(あるいは河内源氏氏神の壺井八幡宮)を鎌倉の由比郷鶴岡(現材木座1丁目)に鶴岡若宮として勧請したのが始まりである。永保元年(1081年)2月には河内源氏3代目の源義家(八幡太郎義家)が修復を加えた。

治承4年(1180年)10月、平家打倒の兵を挙げ鎌倉に入った河内源氏後裔の源頼朝は、12日に宮を現在の地である小林郷北山に遷す。以後社殿を中心にして、幕府の中枢となる施設を整備していった。建久2年(1191年)に、社殿の焼失を機に、上宮と下宮の体制とし、あらためて石清水八幡宮護国寺を勧請した。承元2年(1208年)には神宮寺が創建される。

源頼朝が鎌倉幕府を開いた後は、源義家が勧請した経緯もあり、武家の崇敬を集めた。鎌倉幕府衰退後は、25の僧坊の数も減少し、一時衰退したが、江戸時代に入ると江戸幕府の庇護を受け大規模化が進み、仁王門、護摩堂、輪蔵、神楽殿、愛染堂、六角堂、観音堂 法華堂、弁天堂等を建築し、徳川家光の治世に薬師堂、鐘楼、楼門なども建てられた。また境内には、方五間の多宝大塔、東照宮も存在した。

江戸幕府崩壊後、慶応4年(1868年)3月13日に「神主を兼帯していた僧侶に対して還俗する旨の通達」が明治政府から出され、また明治3年(1870年)に大教宣布がなされると、鶴岡八幡宮においてもいわゆる廃仏毀釈の動きが始まった。

同年中に多宝大塔などの仏堂は破壊され、仏像、仏具、什宝、経典なども破壊・焼却処分されるか散佚した。ただし一部は現存し、鎌倉寿福寺、浅草寺、普門院、五島美術館、東京国立博物館に保管されている。鶴岡八幡宮の場合、これらは神主に改名した十二院の社僧が中心となって行った。また、一部残存していた仏堂も、その後の火事で消失したが、外国人観光客等が撮影した写真やスケッチが残されている。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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最終更新 2011年6月7日 (火) 07:24
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