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猿賀神社 十五夜大祭

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青森県 / 猿賀神社 十五夜大祭

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猿賀神社 十五夜大祭

■ 猿賀神社 十五夜大祭

【開催日時】 2011年9月11日 〜 13日
【開催場所】 猿賀神社(青森県平川市猿賀石林)

■猿賀神社は807年、蝦夷征伐のため北上した坂上田村麿が建立したと伝えられています。

旧暦8月14日の宵宮祭にて行われる、津軽最大の祭礼「猿賀神社十五夜大祭」では、県無形民俗文化財の「津軽神楽」がご神前に奉奏されます。

そんほか、県下獅子踊大会や登山ばやし奉納、大幟旗奉納など、様々な祭事や神賑行事が3日間にわたって行われ、近隣から訪れた多くの観光客などで賑わいます。

■ 猿賀神社

猿賀神社(さるがじんじゃ)は、青森県平川市(旧南津軽郡尾上町)猿賀に鎮座する神社である。旧社格は県社。戦後に神社本庁の別表神社となった。

蝦夷討伐の将で仁徳天皇55年(367年)に伊峙水門(いしのみと)で敗死し、後に大蛇の姿になって蝦夷を平定したとされる上毛野君田道命(かみつけののきみ たじのみこと)を主祭神とし、保食神を相殿に祀る。

■ 猿賀神社 歴 史

『日本書紀』によれば祭神は伊峙水門で敗死したとあり、伊峙水門には上総国夷(いしみ)郡(旧千葉県夷隅郡)説と陸奥国牡鹿郡石巻(いしのまき)(現宮城県石巻市)説とがあるが、社伝によれば、敗死した田道命は従者によって当地に埋葬され、後に蝦夷がその墓を暴いたところ、田道命の遺体が大蛇と化して毒気を吐いたので、人々が恐れて現在地西方の猿賀野に祀ったのに始まると伝える。

200年後の欽明天皇28年(567年)に当地で洪水があり、田道命の神霊が白馬にまたがり流木を舟にして流れに乗り、現在地に遷座し、桓武天皇の時代に蝦夷征討に苦戦していた坂上田村麻呂が田道命の霊に導かれて大勝したので、延暦12年(793年)、田村麻呂が現在地に祠を造り、大同2年(807年)には勅命により社殿が造営されたと伝える。

後に、仏教の守護神である深砂大王(じんしゃだいおう)と習合し、深砂大権現(神蛇宮)と呼ばれるようになった。武神として信仰され、藤原秀衡、北畠顕家ら附近にかかわった武将たちの崇敬を集めた。江戸時代には津軽藩の祈願所となり、猿賀山長命院と号する修験道場となった。

明治の神仏分離により、明治4年(1871年)に神社となり、地名より「猿賀神社」に改称し(現在もかつては境内地であった社前に旧別当寺である神宮寺(天台宗)が残る)、同6年郷社に列し、更に同16年(1883年)には県社に昇格した。戦後は神社本庁に参加し、昭和34年(1959年)にその別表神社とされている。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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最終更新 2011年6月2日 (木) 13:23
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