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新羅神社の騎馬打毬

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青森県 / 新羅神社の騎馬打毬

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新羅神社の騎馬打毬

■ 新羅神社の騎馬打毬

【開催日時】 毎年8月2日
【開催場所】 長者山新羅神社桜馬場(青森県八戸市)

■ 八戸三社大祭の中日(8月2日)、長者山新羅神社の馬場で年に一度加賀美流騎馬打毬が公開される。

全国では、ほかに宮内庁と山形市、徳島の一部に保存されているだけという由緒深い武技である。その中でも八戸の打毬は、古式をそのまま伝える勇壮なものである。

■ 長者山新羅神社

長者山新羅神社(ちょうじゃやましんらじんじゃ)は、青森県八戸市の長者山山上に鎮座する神社である。重要無形民俗文化財の八戸三社大祭や八戸のえんぶりで著名。社格は旧県社。

長者山には古くから様々な祭祀が行われていたらしく、八戸藩初代藩主南部直房によって虚空蔵菩薩が勧請され「祇園」と俗称された堂祠を前身とし、新羅神社としては延宝6年(1678年)に2代藩主直政が藩家の守護と領内の五穀豊穰と領民の安穏、無病息災を祈念する祈願所として山上に南部氏の遠祖である新羅三郎義光命(源義光)を勧請、「三社堂」または「虚空蔵堂」と号したのに創まる。

以後、八戸藩の総鎭守として歴代藩主から尊崇され、また造営事業等は藩直営で行わる例とされた。元禄7年(1694年)に社殿の改築がなされたが、文政10年(1827年)にも8代藩主信真によって再改築が行われており(現社殿)、この時には桜の馬場を開設して例祭に打毬を奉納するようになった。

明治初期の神仏分離に伴い、明治2年(1869年)に社号を「新羅神社」と改めて郷社に列し、同14年の明治天皇の東北巡幸に際しては行幸があり騎馬打毬が天覧に供された。後に県社へ昇格し、昭和51年(1976年)に現社号である「長者山新羅神社」と改称した。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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最終更新 2011年6月2日 (木) 13:24
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