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4番札所
  施福寺

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4番札所  槇尾山 施福寺 (まきのおさん  せふくじ)

  • 所在地 大阪府和泉市槙尾山町136
  • 山号 槇尾山
  • 宗派 天台宗
  • 本尊 弥勒菩薩
  • 創建年 伝・欽明天皇(勅願)
  • 開基 伝・行満上人
  • 別称 槇尾寺
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

施福寺(せふくじ)は、大阪府和泉市にある天台宗の仏教寺院。通称槇尾寺(まきおでら、まきのおでら)。
山号は槇尾山(まきのおさん)。本尊は弥勒菩薩(札所本尊は千手観音)。槇尾山の山腹に位置する。西国三十三箇所観音霊場の第四番札所である。

古くは槇尾山寺と呼ばれた山岳寺院で、葛城修験系の寺院として創建されたものとみられる。南北朝時代成立の寺史である『槇尾山大縁起』(正平15年・1360年書写)によると、施福寺は欽明天皇の時代、播磨国加古郡の行満上人が創建したものであるという。
札所本尊の千手観音像については、次のような説話が伝承されている。
宝亀2年(771年)のこと、当時槇尾山寺に住していた摂津国の僧・法海のもとに、一人のみすぼらしい格好をした修行僧があらわれ、夏安居(げあんご)の期間をこの寺で過ごさせてくれと頼んだ。
この修行僧は客僧として槇尾山寺に置いてもらえることとなり、夏安居の期間、熱心に修行に励んだ。
予定の期間が終わって寺を辞去しようとする際、客僧は帰りの旅費を乞うたが、寺僧たちはそれを拒んだ。すると、客僧は怒り出し、「何ということだ。この寺は、見かけは立派だが、真の出家者などはいないではないか。このような寺はいずれ滅び去り、悪鬼の棲家となるであろう」と叫んで、出て行ってしまった。驚いた法海が後を追うと、修行僧ははるかかなたの海上を、沈みもせずに歩いている。これを見た法海は、あの修行僧は自分らを戒めるために現れた観音の化身であったと悟り、千手観音の像を刻んで祀ったという。

縁起には役小角(役行者)、行基、空海(弘法大師)などに関わる伝承もある。
役小角については、彼が自ら書写した法華経の巻々を葛城山の各所の秘密の場所に埋納し、最後に埋めたのがこの山であったことから巻尾山(槇尾山)の名が付いたとする、地名起源伝承がある。また、空海は延暦12年(793年)、20歳の時、槇尾山寺において勤操(ごんそう)を導師として出家剃髪し、沙弥戒を受けたとする伝えがある。
空海の当地における出家剃髪は史実とは認めがたいが_1、空海が唐からの帰国後、都に戻る直前の大同4年(809年)頃、当寺に滞在した可能性は別の史料から指摘されている_2。縁起には、延喜16年(916年)、定額寺に定められるとするが、施福寺は度重なる火災で古記録が失われており、これも史実か否か不明である。
以上のように、施福寺の初期の歴史は伝説色が濃く、判然としないが、『日本霊異記』に言及されている「和泉国泉郡の血渟(ちぬ)の山寺」は当寺のこととされ、同書の成立した9世紀前半には著名な寺院であったことが伺われる。

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西国三十三ケ所霊場一覧
1番札所 : 青岸渡寺 12番札所 : 正法寺 23番札所 : 勝尾寺
2番札所 : 紀三井寺 13番札所 : 石山寺 24番札所 : 中山寺
3番札所 : 粉河寺 14番札所 : 園城寺 25番札所 : 清水寺
4番札所 : 施福寺 15番札所 : 観音寺 26番札所 : 一乗寺
5番札所 : 葛井寺 16番札所 : 清水寺 27番札所 : 圓教寺
6番札所 : 南法華寺 17番札所 : 六波羅蜜寺 28番札所 : 成相寺
7番札所 : 岡寺=龍蓋寺 18番札所 : 頂法寺 29番札所 : 松尾寺
8番札所 : 長谷寺 19番札所 : 行願寺 30番札所 : 宝厳寺
9番札所 : 興福寺 20番札所 : 善峯寺 31番札所 : 長命寺
10番札所 : 三室戸寺 21番札所 : 穴太寺 32番札所 : 観音正寺
11番札所 : 醍醐寺 22番札所 : 總持寺 33番札所 : 華厳寺

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