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5番札所
  葛井寺

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5番札所  紫雲山 葛井寺 (しうんざん  ふじいでら)

  • 所在地 大阪府藤井寺市藤井寺一丁目16番21号
  • 山号 紫雲山(しうんざん)
  • 宗派 真言宗御室派
  • 本尊 十一面千手千眼観世音菩薩(国宝)
  • 創建年 (伝)神亀2年(725年)
  • 開基 (伝)行基、聖武天皇(勅願)
  • 別称 藤井寺、剛琳寺
  • 札所等 西国三十三箇所第五番
  • 文化財 乾漆千手観音坐像(国宝)
  • 四脚門(西門・重要文化財)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

葛井寺(ふじいでら)は、大阪府藤井寺市藤井寺一丁目にある真言宗御室派の寺院。
藤井寺、剛琳寺とも称する。
山号は紫雲山。本尊は千手観音。
西国三十三箇所第五番札所。

寺伝では神亀2年(725年)、聖武天皇の勅願で行基が創建し、古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺)の勅号を得たとされる
平安時代になって平城天皇の皇子・阿保親王が再興したとされている。
近世の地誌類や再興勧進帳でも以上の寺伝を踏襲しているが、実際は百済王族の子孫である渡来人系氏族葛井(藤井)連(ふじいのむらじ)の氏寺として、8世紀中頃に創建されたと推定される。
なお、平安時代初期に寺を再興したと伝えられる阿保親王の母も藤井氏である。

中世以前の沿革については史料が乏しく、必ずしも明確でないが、本尊千手観音坐像は奈良時代の作品であり、境内から奈良時代の古瓦が出土することなどから、創建が奈良時代・8世紀頃にさかのぼることは間違いない。
境内出土の瓦の1つに久安3年(1147年)の銘があり、その頃に造営事業が行われたことが推定される。
平安時代後期から観音霊場として知られるようになり、西国三十三所観音霊場が成立すると、その一つに数えられるようになった。

永長元年(1096年)には、大和国賀留の里の住人・藤井安基が、荒廃した伽藍を修理したと伝える。
南北朝時代には楠木正成が陣をしいたことがあるなど、たびたび兵火にさらされた。

当寺の伽藍は東西2つの三重塔をもつ薬師寺式伽藍配置であったが、明応2年(1493年)の兵火と永正7年(1510年)の地震で堂塔を失い、現存する建物は近世以降の再建である。

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西国三十三ケ所霊場一覧
1番札所 : 青岸渡寺 12番札所 : 正法寺 23番札所 : 勝尾寺
2番札所 : 紀三井寺 13番札所 : 石山寺 24番札所 : 中山寺
3番札所 : 粉河寺 14番札所 : 園城寺 25番札所 : 清水寺
4番札所 : 施福寺 15番札所 : 観音寺 26番札所 : 一乗寺
5番札所 : 葛井寺 16番札所 : 清水寺 27番札所 : 圓教寺
6番札所 : 南法華寺 17番札所 : 六波羅蜜寺 28番札所 : 成相寺
7番札所 : 岡寺=龍蓋寺 18番札所 : 頂法寺 29番札所 : 松尾寺
8番札所 : 長谷寺 19番札所 : 行願寺 30番札所 : 宝厳寺
9番札所 : 興福寺 20番札所 : 善峯寺 31番札所 : 長命寺
10番札所 : 三室戸寺 21番札所 : 穴太寺 32番札所 : 観音正寺
11番札所 : 醍醐寺 22番札所 : 總持寺 33番札所 : 華厳寺

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