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9番札所
  興福寺

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9番札所 山号:なし  興福寺  ( こうふくじ )

  • 所在地 奈良県奈良市登大路町48番地
  • 山号 なし
  • 宗派 法相宗
  • 寺格 大本山
  • 本尊 釈迦如来
  • 創建年 天智天皇8年(669年)
  • 開基 藤原不比等
  • 文化財 五重塔・木造弥勒仏坐像
    乾漆八部衆像ほか(国宝)
    南円堂・木造薬王菩薩・薬上菩薩立像ほか
    (重要文化財) 世界遺産
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』"お出
興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。
南都七大寺の一つに数えられる。
藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺である。
古代から中世にかけて強大な勢力を誇り、鎌倉・室町両幕府は大和国に守護を置くことができなかった。
南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。
「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。

藤原氏の祖である藤原鎌足(614年 - 669年)夫人の鏡大王(かがみのおおきみ)が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国(山城国)山階(京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。
壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名(高市郡厩坂)をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。

和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子息である藤原不比等(659年−720年)は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し、「興福寺」と名付けた。
この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。

その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てられ整備が進められた。
不比等が没した養老4年(720年)には「造興福寺仏殿司」という役所が設けられ、元来、藤原氏の私寺である興福寺の造営は国家の手で進められるようになった。

サイド案内板
西国三十三ケ所霊場一覧
1番札所 : 青岸渡寺 12番札所 : 正法寺 23番札所 : 勝尾寺
2番札所 : 紀三井寺 13番札所 : 石山寺 24番札所 : 中山寺
3番札所 : 粉河寺 14番札所 : 園城寺 25番札所 : 清水寺
4番札所 : 施福寺 15番札所 : 観音寺 26番札所 : 一乗寺
5番札所 : 葛井寺 16番札所 : 清水寺 27番札所 : 圓教寺
6番札所 : 南法華寺 17番札所 : 六波羅蜜寺 28番札所 : 成相寺
7番札所 : 岡寺=龍蓋寺 18番札所 : 頂法寺 29番札所 : 松尾寺
8番札所 : 長谷寺 19番札所 : 行願寺 30番札所 : 宝厳寺
9番札所 : 興福寺 20番札所 : 善峯寺 31番札所 : 長命寺
10番札所 : 三室戸寺 21番札所 : 穴太寺 32番札所 : 観音正寺
11番札所 : 醍醐寺 22番札所 : 總持寺 33番札所 : 華厳寺

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