日本の世界遺産/広島の平和記念碑・原爆ドーム

【登録物件名】 HIroshima Peace Memorial(Genbaku Dome)

【遺産種別】 文化遺産

【登録年月日】 1996年12月(第20回世界遺産委員会メリダ会議)

【所在地】 広島県広島市中央区大手町一丁目10番

広島の平和記念碑・原爆ドーム
広島の平和記念碑・原爆ドーム
広島の平和記念碑・原爆ドーム
広島の平和記念碑・原爆ドーム

登録物件概要

原爆ドーム(げんばくドーム、英: Atomic Bomb Dome)の名で知られる広島平和記念碑は、日本の広島市に投下された原子爆弾の惨禍を、今に伝える記念碑(被爆建物)である。

もとは広島県物産陳列館として開館し、原爆投下当時は広島県産業奨励館と呼ばれていた。
“二度と同じような悲劇が起こらないように”との戒めや願いをこめて、とくに負の世界遺産と呼ばれている。

所在地は広島県広島市中区大手町1丁目10。
原子爆弾投下の目標となった相生橋の東詰にあたり、南には元安川を挟んで広島平和記念公園が広がっている。
北は相生通りを挟んで広島市民球場と向き合い、東側約200メートルの位置に、爆心地に比定される島外科(島病院)がある。

= 広島市への原子爆弾投下 =
1945年8月6日午前8時15分17秒(日本時間)、アメリカ軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、建物の西隣に位置する相生橋を投下目標として原子爆弾を投下した。
投下43秒後、爆弾は建物の東150メートル・上空約580メートルの地点で炸裂した。
原爆炸裂後、建物は0.2秒で通常の日光による照射エネルギーの数千倍という熱線に包まれ、地表温度は3,000℃に達した。0.8秒後には前面に衝撃波を伴う秒速440メートル以上の爆風(参考として、気温30℃時の音速は秒速349メートルである)が襲い、350万パスカルという爆風圧(1平方メートルあたりの加重35トン)にさらされた。
このため建物は原爆炸裂後1秒以内に3階建ての本体部分がほぼ全壊したが、中央のドーム部分だけは全壊を免れ、枠組みと外壁を中心に残存した。

建物内にいた職員など約30名は、熱線と爆風により全員即死したと推定される。
なお、前夜宿直に当たっていた県地方木材会社の4名のうち、1名は被爆直前の8時前後に産業奨励館から自転車で帰宅し、自宅前で被爆したため、負傷したものの宿直者の中で唯一の生存者となった。
その後しばらくは、まだ窓枠などが炎上せずに残っていたものの、やがて可燃物に火がつき建物は全焼して、ついに煉瓦や鉄骨などを残すだけとなった。

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