動画でお散歩/琉球王国のグスク及び関連遺産群

【登録物件名】 Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu

【遺産種別】 文化遺産

【登録年月日】 2000年12月(第24回世界遺産委員会ケアンズ会議)

【所在地】 沖縄県(那覇市、うるま市、南條市、今帰仁村、読谷村、北中城村、中城村)

琉球王国/首里城
琉球王国のグスク
琉球王国/御座楽の演奏風景
琉球王国/第二尚氏初代・尚円王

登録物件概要

琉球王国(りゅうきゅうおうこく)は、1429年から1879年にかけて沖縄本島を中心に存在した王国。
当時、正式には琉球國(りゅうきゅうこく)と称した。

最盛期には奄美群島と沖縄諸島及び先島諸島までを統治した。この範囲の島々の総称として、琉球列島(琉球弧)ともいう。
王家の紋章は左三巴紋で「左御紋(ひだりごもん、フィジャイグムン)」と呼ばれた。

勢力圏は小さな離島の集合で、総人口17万に満たない小さな王国ではあったが、隣接する大国明・清の海禁や日本の鎖国政策の間にあって、東シナ海の地の利を生かした中継貿易で大きな役割を果たした。
その交易範囲は東南アジアまで広がり、特にマラッカ王国との深い結びつきが知られる。

明、およびその領土を継承した清の冊封を受けていたが、1609年に日本の薩摩藩の侵攻を受けて以後は、薩摩藩による実質的な支配下に入った。
ただし対外的には独立した王国として存在し、中国大陸と日本の文化の両方の影響を受けつつ、交易で流入する南方文化の影響も受けた独自の文化を築き上げた。

律令制を参考にした政治や、中国武術から発展したといわれる唐手、中国風の名前を持つなど、最大の交易相手だった中国の影響を強く受けつつ、一方で神社を建立したり文字にはひらがなを使用したりするなど日本の影響も無視できない。
琉球は、日中双方の文化を受け入れつつ、独自の文化を育んでいた。

1972年5月15日に、沖縄県の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還された。

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