日本の世界遺産/姫路城

【登録物件名】 Himeji-jo

【遺産種別】 文化遺産

【登録年月日】 1992年12月(第17回世界遺産委員会カルタヘナ会議)

【所在地】 兵庫県姫路市本町

日本の世界遺産/姫路城
日本の世界遺産/姫路城
日本の世界遺産/姫路城
日本の世界遺産/姫路城

登録物件概要

姫路城は、現在の姫路市街の北側にある姫山および鷺山に築かれた平山城である。日本における近世城郭の代表的な遺構である。

時の陸軍省の働きかけによって名古屋城とともに国費によって保存される処置がとられ、太平洋戦争においては空襲に見舞われたものの、天守閣最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となるという幸運もあり奇跡的に焼失を免れた。

現在では天守を始め多くの建造物が現存し、うち大天守、小天守、渡櫓等8棟が国宝、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に指定されている。
また1993年(平成5年)、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
現存天守は、江戸時代以前に建造された天守が現存する日本国内12箇所の城の一つであり、いわゆる「国宝四城」(通例として、国宝指定の天守を持つ城のことを指し、姫路城・松本城・彦根城・犬山城をいう)の一つでもある。

姫路城天守の置かれている「姫山」は古名を「日女路(ひめじ)の丘」と称した。
『播磨国風土記』にも「日女道丘(ひめじおか)」の名が見られる。姫山は桜が多く咲いたことから「桜木山」、転じて「鷺山(さぎやま)」とも言った。
天守のある丘が姫山、西の丸のある丘が鷺山とすることもある。

別名「白鷺城(はくろじょう)」の他に「しらさぎじょう」とも読まれることがあり、村田英雄の歌曲に『白鷺(しらさぎ)の城』というものもあるが、日本の城郭の異称は音読みするのが普通である。

安土桃山時代、山陽道上の交通の要衝・姫路に置かれた姫路城には黒田氏や羽柴秀吉(豊臣秀吉)が城主として入り、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政によって今日見られる城郭に改修された。

輝政およびその子・孫以降は親藩松平氏や譜代大名が配置され、さらに西国の外様大名監視のために西国探題が設置されたが城主が幼少・病弱・無能では牽制任務を果たせないので担当する大名が頻繁に交替している。
池田輝政から明治新政府による版籍奉還が行われた酒井忠邦まで約270年間、6氏31代の城主によって治められた。

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