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番外編

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全長は1200 〜1400km程。。。
八十八カ所全てを廻りきると「結願(けちがん、結願成就)」となり、
その後、高野山(奥の院)に詣でて「満願成就」となります。
特集! 高野山の動画は
「異国への旅/熊野三山への道」 ご投稿 = 和歌山県インターネット放送局編集 = の動画を主に掲載させていただきました。
=高野山=主な施設・寺院
高野山/大門
壇上伽藍
金剛峯寺
奥の院/豊臣家の墓所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高野山(こうやさん)は、和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000m前後の山々の総称。

平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗、ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地である。

現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。
山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)をはじめ117ヶ寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。

平成16年(2004年)7月7日、熊野、吉野・大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界文化遺産に登録された。

壇上伽藍(壇場伽藍)
空海が曼荼羅の思想に基づいて創建した密教伽藍の総称であり、高野山の二大聖地の一つである(他の一つは奥の院)。
金堂は高野山全体の総本堂で高野山での主な宗教行事が執り行なわれる。
また、弘法大師伝説のひとつである飛行三鈷杵がかかっていたとされる「三鈷の松」や、高野四郎(俗称)と呼ばれる大鐘楼も伽藍に存する。

奥の院
弘法大師の御廟と灯籠堂がある。参道には、皇室、公家、大名などの墓が多数並び、その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると言われている。
戦国大名の6割以上の墓所がある。奥の院の入り口は一の橋と中の橋の2箇所があるが、正式には一の橋から参拝する。
一の橋から御廟までは約2kmの道のりとなっている。
その途上には「みろく石」などの七不思議と呼ばれる場所がある。

金剛峯寺
高野山真言宗の総本山で座主の住寺。
金剛峯寺は元は高野山全体の称だが、現在金剛峯寺と呼ばれるのは明治2年(1869年)に2つの寺院が合併したもの。
もと青巖寺(剃髪寺)と呼ばれた寺院は文禄2年(1593年)、豊臣秀吉の建立、文久3年(1863年)、再建。

歴代天皇の位牌や高野山真言宗管長の位牌をまつっている。

大主殿、別殿、新別殿と分かれており、別殿では観光客に湯茶の施しがある。

襖に柳鷺図のある柳の間は豊臣秀次の自刃の間。
屋根の上に置かれた防火用の水桶は、かつては高野山全域で見られたが今も置かれているのはここのみ。
また、金剛峯寺境内にある「蟠龍庭」(2,340m2)は日本最大の石庭。

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