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動画でお散歩 / 志村けん【10】 = 音楽コント =

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志村けん エピソード

学生時代は、都立久留米高校のサッカー部にGKとして在籍していた。
父親は元軍人で、戦後は小学校教諭となり教頭まで昇進した。しかし、志村が中学生の頃に、自宅前で交通事故に遭って以来、認識障害(と思われる状態)となり、志村がドリフの付き人になろうと決意した頃には、物事の判断がほとんどできなかったという。そのため、志村が実際にドリフの付き人になった時にも、父親の反対はなかったという。志村の爺さんコントは「この時期の父親をモデルにしたもの」と自身の著書で明言している(なお、父親は志村が正式にドリフのメンバーになる前に亡くなった)。
一方、母親は踊りや芸事が好きで、自分は母親の性格を受け継いだのかもしれないと語っている。母親は氷川きよしの大ファンで、『バカ殿』のコントにも出演したことがある。

付き人時代は貧乏で、食べるにも事欠く生活だった。他のメンバーが楽屋でラーメンを食べている時でも、付き人の志村はラーメンを注文する金もなかったので、いちばん安いライスだけを注文し、それを他のメンバーが残したスープに入れて食べていた。ある時、志村がいつものようにライスを注文し、隣の席でラーメンを食べていた加藤がスープを残してくれるのを待っていると、加藤はスープまで残さず平らげてしまったため、志村は思わず「加藤さん!このライスの立場はどうなるんですか!」と激怒。加藤はこの時のことを今でも忘れずに覚えているという。

コントでいかりや長介に攻撃するシーンは「本気でやっていた」とされ、加藤から楽屋オチ的なツッコミを受けることもよくあり、本人が認めたこともある。しかしこの点は他のメンバーも大同小異であった(2004年、『全員集合』など)。ただし、お笑いに関しては完璧主義者だったいかりやが、それを求めていた部分もある。

日本だけでなく、中華民国(『だいじょうぶだぁ』)、タイ(『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』)、インド(蚊取り線香のCM)でも知名度が高い。イランの政府高官が、駐日イラン大使館の在留大使時に志村けんのコントを見て大ファンになり、帰国後「国賓として招きたい」と言ったり、テヘランのレンタルビデオショップには志村の特設コーナーもある。また、在日外国人に最も人気が高いタレントの1人とも言われ、六本木で出会ったアメリカ兵に「お前はアメリカに行くべきだ。俺の部隊の連中は、みんなお前が大好きだ」と言われたこともある。

送迎用にロールス・ロイスを所有しているが(おそらく志村のマネージャーが運転しているものと思われる)、彼は自動車の運転免許を持っていない。ただ、『人気者でいこう!』の企画で教習所で車の運転をしたことはある。

日本中央競馬会の馬主である(本名の志村康徳名義)。所有馬の1頭のアイーンベルがデビューした日には阪神競馬場の来賓者席から応援していた。志村は他に「ケンエックス」「ミツノアジ」「トノノオナリー」などという名の馬も所有している。

暗い所が苦手なため、夜寝る際は電気を付けたままにする。しかし、光が眩しくて寝られないため、アイマスクを付けて寝る。
太地喜和子は志村の熱心なファンであった。志村の著書によると、若い劇団員に対し「ね。志村さんのお婆さんは本物に見えるでしょ。先ずは、そう見えるかどうかが大事なのよ」と言ってくれたという。太地は『志村けんのだいじょうぶだぁ』の常連ゲストとしてたびたび出演し、太地の急死直後には追悼番組が放映された。

タカアンドトシが、自身の持ちギャグである「欧米か!」をこのまま続けて行くべきか真剣に悩んでいた際、「このままずっとやり続けるべきだ」と励ました[7]。志村はタカアンドトシを気に入っている。 2001年9月24日放送の『世界絶叫映像もろ見え超びっくり人間大集結ギネス来襲スペシャル』(日本テレビ系)で、円周11.0mのフラフープを30秒間で24回転させ、「世界で最も大きなフラフープを(30秒間)回した人」として当時のギネス世界記録に認定された。
2002年1月5日放送の『世界絶叫映像もろ見えびっくり人間緊急来日ギネス爆裂スペシャル』(日本テレビ系)では、志村と同じ記録を持つスペインの女子高生(当時)と対決。志村は11.5mをクリアしたものの、12.0mは16秒で失敗し、相手に世界記録保持者の座を譲った。なお、2005年8月現在のギネス世界記録保持者は、元Wの辻希美と加護亜依。

2002年のハウステンボスイベント『華の花嫁グランプリ』で加藤ローサと共演。この時、車の街角パレードで観客から笑顔で「志村!志村!」と声をかけられた志村は笑顔で手を振っていた。加藤はこの光景に対し、知らない人から呼び捨てされるのは嫌にならないかと聞いたところ、志村は「人の笑っている顔っていいじゃない」と言った。

2009年2月9日放送の『しゃべくり007』内で、2代目志村けんとしてナインティナインの岡村隆史の名を挙げた。
2009年2月28日に放送された『バラエティルーツの旅 あなたがいるから僕がいる半世紀大感謝祭!!』のエンディングで、50周年を迎えたフジテレビへの注文として「雛壇ではない、ちゃんとしたセットでコントを作らせて欲しい」と要望した。

『天才!志村どうぶつ園』で、「志村けんにそっくりなヤギ」と名付けられた動画が放送されたことがある。内容は、黒ヤギが志村そっくりに「ウェー」と言う声を出すという物であった。動画を見ている最中、志村本人も爆笑していた。見終わった後、スタジオで志村本人も「ウェー」と言い、タカに「同じ」と言われた程そっくりだった。そのヤギは、アメリカにいる。

『天才!志村どうぶつ園』で共演している相葉雅紀(嵐)を弟子のように可愛がっており、しばしば自分の人生論などを伝授している。また相葉本人がトークなどで悩んでいたときは「自分なりの表現を貫き通せばいい」と励まして自信を持たせたという。

鳥取県水産試験場の研究員に同姓同名の研究員がいる事が、テレビ番組で放送されている。それ以来、鳥取県水産試験場の同姓同名の研究員を尋ねに来る人間が、今も多いと言う。あまりにも多くの人間が全国から来るため、鳥取県水産試験場は調査船の絵葉書などのオリジナルグッズを販売している程。

各ページへ続く

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出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
著者:空欄  掲載サイト
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最終更新 2010年12月22日 (水) 08:47